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慢性の痛み・脳梗塞後遺症・在宅ケアなど

鍼灸は数千年の歴史のある東洋療法の一つで、身体の状態を手で観察しながら、鍼や灸を施すことで身体の不調を整える治療法です。 マッサージも同様に身体の変化を手で察知して施しますので、専門的知識をもった国家免許所持者が行わないと効果はありません。


ギャラリー

歴代の会長


当会の歴史

戦前、戦中、戦後と困難な時代を乗り切り、昭和から平成へと紆余曲折、試行錯誤を繰り返しつつも、地域医療につくし、学術の向上、公衆衛生の向上を目指して結束を強め、今日に至っております。

施術所紹介

活動のようす

吹田万博マラソンでのボランティア施術や、各種研修会、情報交換会など様々な活動を画像で紹介します。

役員体制

歴代の会長

1 1932~1933年
(昭和7~8年)
岡本 土松
2 1934~1935年
(昭和9~10年)
柳崎 九一
3 1936~1939年
(昭和11~14年)
坂本 直吉
4 1940~1941年
(昭和15~16年)
堤 幸太郎
5 1942~1947年
(昭和17~22年)
堀尾 吉太郎
6 1948~1952年
(昭和23~27年)
小西 清
7 1953~1962年
(昭和28~37年)
岸口 庄市郎
8 1963~1966年
(昭和38~41年)
中西 大二
9 1967年
(昭和42年)
田中 一夫
10 1968年
(昭和43年)
緒方 穣二
11 1969~1971年
(昭和44~46年)
田中 一夫
12 1972~1976年
(昭和47~51年)
嘉戸 正信
13 1977~1980年
(昭和52~55年)
松本 幸雄
14 1981~1988年
(昭和56~63年)
平良 巌
15 1989~2013年
(平成元~25年)
佐々木 暘明
16 2013年~2019年
(平成25年~令和元年)
廣野 敏明
17 2019年~2023年
(令和元年~令和5年)
秋竹 洋司
18 2023年~現在
(令和5年~現在)
小田 哲也
小田 哲也会長

ごあいさつ


 当会は左表にあるとおり1932年(昭和7年)に発足し、90年を超える歴史がございます。これは偉大な諸先輩の先生方から続く伝統の賜物だと誇りに思っております。
 そんな中、昨今ではAIが飛躍的に普及し便利になる一方で、今後は縮小せざるを得ない職種や団体も増えてくると考えられます。
 我々の鍼灸マッサージ施術は体全体の状態や食生活・心理面等トータル的に重要視することから、同じように見える症状でも患者様お一人お一人また施術者によっても様々な施術法があります。そのため今まではエビデンスという言葉が壁になり様々な面で苦労してきたように思います。しかしながら裏を返せば今後は人にしかできないAIでも決してまねできない技術、という強みとなり、益々活気づく分野のひとつではないかと私自身考えるところであります。
 目まぐるしく移り変わる昨今、このような強みを生かしつつ市民の皆様そして会員の皆様に有益な活動を遂行して行けるよう役員一同精進して参りたいと思っておりますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
  令和5年5月 18代会長 小田哲也

令和5年度役員体制


  本会役職 氏 名  その他の役職
  会 長 小田 哲也
  副会長 松田 大樹
  理 事 三好 力
  理 事 岡 喜与志
  監 事 岸本 英夫
  員外監事 森田 文子
  相談役 廣野 敏明 (公社)大阪府鍼灸マッサージ師会 会長 
(公社)全日本鍼灸マッサージ師会 副会長

当会の歴史


1932年(昭和7年)4月

◎ 誕生日は1932年(昭和7年)4月25日。平成24年で満80歳を迎えました。
◎ 初代会長は、岡本土松先生。吹田師会の生みの親です。
◎ 当時は「吹田按摩マッサージ師会」という名称でした。(創立当時の議事録です。)

 こんな古い資料からも、吹田師会の歴史がしのばれます。
◎ 創立時から終戦までは、保健所ではなく警察署が管轄というところが、現在と大きく違うところです。警察権の発動により、会費を強制集金したり、無免許者の取り締まりのため、免許監察検査が実施されたりしていました。(厳しいね)
◎ 新規開業者は既存開業者より、200m以上距離をおくことが義務づけられていました。
◎ 料金は、「半身40銭、全身80銭」とありますこれが高いか安いか、当時の物価を見てみますと、(昭和10年頃の物価)
  大卒初任給     55円
  省線初乗り     5銭
  盛りそば      13銭
  牛肉 100g     41銭
  大工手間賃   1円89銭
  米 10kg    2円50銭
  銀座1坪      1万円
  ビール大瓶     35銭
 (治療全身1回でビール2本ちょっとはきついですね~。)

戦争当時の様子

◎ 昭和16年、日本は第2次世界大戦に突入します。
◎ 吹田師会の活動も、戦争色を帯びてきます。
  活動は、陸軍へのマッサージ慰問、勤労報告隊の結成などが主となっていきます。
◎ しかしこの暗い時代に明るいニュースが!
    昭和17年 佐々木会長誕生!
    昭和18年 赤塚副会長誕生!
    昭和21年 故高橋副会長誕生!
  やがて吹田師会を担う会長・副会長が誕生されています。
 (もちろんこの3人は当時知り合いではありません。)

戦後~昭和30年代

◎ 戦争が終わり、ようやく管轄が警察署から保健所へ移行します。
◎ 物価の高騰により、マッサージの料金も飛躍的にあがります。
  昭和19年の1円が、昭和28年には、230円になります。
◎ 日本の復興と共に、吹田師会の活動も本格化していきます。
  7代目岸口会長は、10年在任され(昭和28~37年)、その礎を築かれたといえるでしょう。
◎ 学術研修会、点字講習会は毎年継続開催されています。
  特に、吹田養老院奉仕活動も昭和33~55年の長期間、年1回のペースで続けられました。

昭和40~50年代

◎ 研修会や養老院の奉仕活動は定期的に継続されます。
◎ 特に、昭和51年の大阪市立弘済院への奉仕マッサージでは、100名もの受療者があり、毎日新聞に掲載されました。
◎ 昭和48年から10年間、吹田市に対し高齢者への鍼灸・マッサージの医療費公費負担を要望していきます。
◎ 上記活動が実り、昭和59年、ついに公費助成制度(老人助成)が施行され、吹田市鍼灸マッサージ師協会が設立されます。(佐々木会長が協会の会長職も兼任)
  吹田市・治療所・受療者の三者負担システムの導入は、我が国初のことで、「吹田方式」として他市の羨望の的になっています。
  毎年3500名以上の市民の皆様に利用されています。
  多くの先生方のご尽力でできた制度ですが、その中の一人が昨年急逝された高橋俊彦副会長です。
  先生のご努力に報いるためにも、より充実した活動を目指しています。

平成初期

◎ 平成元年、佐々木会長(15代)が就任されました。
◎ 吹田師会の会長・副会長は、吹田師会を越えての大活躍です。
  佐々木会長は平成5年より、大阪府鍼灸マッサージ師会の鍼灸部講師・鍼灸部長就任。
  赤塚副会長は平成5年より、手技療法部講師就任。
  故高橋副会長は、健康保険申請パソコンソフトを開発されました。
◎ 佐々木会長は講演会や、テレビにも引っ張りだこです。
  例をあげますと、
  (講演活動)
  〇泉北師会、八尾師会、京都府師会への講演
  〇消費者センター健康教室 講演
  〇横浜市立盲学校生への講演 など。
  (テレビ出演)
  〇吹田ケーブルテレビ「ツボ療法」
  〇毎日テレビ「家でできる肩こり治療」 など。
  佐々木会長は、これらの功績をたたえられ、平成12年、大阪府知事感謝状を授与されています。
◎ 平成4年、機関誌「吹田師会ニュース」を発刊。
  現在は「ザ・セラピー」と名前をあらため、年4回のペースで発刊し、会員相互のコミュニケーション媒体となっています。
◎ 平成6年、60周年記念祝賀会が開催されました。
  吹田市民病院那須医院長の記念講演が好評を博しました。

平成7年~14年

◎ ボランティア活動も積極的に行っています。
  平成 7年  阪神大震災ボランティア
  平成 8年  なみはやプレ国体  255名受療
  平成 9年  なみはや国体    363名受療
  平成12年  ねんりんピック   191名受療
  平成13年  吹田市民マラソン  247名受療
  毎回、多くの市民の皆様に受療して頂いています。
  私達の活動が、地域への鍼灸マッサージの一層の普及につながるよう、今後も積極的に行う予定です。
◎ 行政・地域の他団体の皆様との連携にも努めています。
  〇 平成11年 今後の吹田の医療・福祉・保健についての懇談が行われ、阪口市長と5団体=医師会長・歯科医師会長・薬剤師会長・母子会委員長・吹田市鍼灸マッサージ師協会(佐々木会長)が会談。
  ○ 平成12年「吹田の高齢者医療と介護を考える会」の発足準備会が行われ、阪口市長と医師会長・歯科医師会長・薬剤師会長・佐々木会長が会談。
◎ 平成14年5月19日 創立70周年記念祝賀会が開催されました。
  公務ご繁忙の中、阪口市長、藤木市議会議長、宇都宮市議会議員をはじめ、菱川医師会長、上橋歯科医師会長、大森薬剤師会長という、吹田市行政・医療関係のトップの方々にもご臨席いただき、総勢87名の盛大な宴となりました。
◎ このように、様々な活動を通して、わが吹田師会は、今まで以上に吹田市の医療・福祉等に貢献できる団体を目指し、今後も会員一同心を一つにして、がんばっています。

  ※これ以降は、活動の様子をご覧ください。